FC2ブログ

蚕で涙

                             
今日の記事のカテゴリは? ⇒ 発達
1月27日

帰ってきたなり、「(蚕の)ゆかちゃん出てこないね、死んじゃったの?」と涙ぐみ始めるひ~ちゃん。
忘れてなかったか!というか毎日実は覗いていたのか?!
さなぎになってからもう数ヶ月。今まで出てこないという事は・・・生きてないよねぇ・・・。

最近たまに怒られているときに「僕が死んでもお母さん泣かんげんろ!」とか口走るようになってて、どうしたもんかと思っていたのですが。

抱っこしながら、どんなに頑張っても死んじゃう命があるんだよ。
一生懸命お世話して、かわいがってあげたよね?今度お父さんと一緒に埋めてあげよう?
新しいお家のところに埋めたら毎日一緒におまいりできるよね?
桑の木を植えてあげようか?天国でもたくさん食べられるように。

その場はなんとか収まり、ひ~ちゃんもその後ケロッとしていましたが。
話している間、ひ~ちゃんが抱っこされていると「わたしが抱っこ!」と割って入ってくるモモちゃんがいたりで、落ち着かないし、ちゃんと彼なりに理解できたのかどうかは不明。

前、いいともで小学校受験の面接官(立ったと思う)が親に「ペットが死んだ時、子供になんていうか」という模範解答が「あなたがちゃんと世話しないから死んじゃったのよ」だったのに衝撃を受けたぷ~~。

ちゃんと世話したらずっと死なないの?
医者になって9年。医者としてのキャリアがまだまだ浅いけど、それでも色んな死を見てきた。
あっけなく失われる命もあれば、消えかかっても復活する命もあって、それは周囲がどうしていたとか、本人がどうだったとか、そんなの全然関係なくて、一言で言えば『その人が持つ生命力』なんだろうな、と思う。

命がなくなった時、周囲にいた人が、後悔の言葉を口にする事はよくある。
「もっとこうしてあげていれば」「もっと早く来ていれば」
ごくごくまれに「そうですね」と言いたくなる状況もあるけれど、それを肯定して彼らが楽になるとはとても思えない。
例え否定しても、その気持ちは一生消えない。
でも生きていく中で、自分自身が消化して、未来につなげていければ、と思う。

だから、もし後悔したことがあるのなら、生きているほかの誰かにしてあげてほしい、と願ってやまない。

まだ『死』というものが理解できていないひ~ちゃん。
当たり前にみんな生きていて、それが普通。
そんな彼が初めて直面した『死』という存在。
せめて、ひ~ちゃんが少しでもそこから何かを学んで、未来につなげてほしいなぁ、と思っております。

現在ぷ~~の悩みは、ひ~ちゃんに勢いで約束してしまった「桑の木」の苗をどうやって調達するか。
植木屋さんに聞いてみよう。

ランキングにも参加しちゃいました。応援ポチお願いします♪

2014.01.27 Mon l Edit(管理人のみ) l この記事を印刷 l 発達 l この記事にコメントする(0) l top ▲

コメント

コメントの投稿