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舳倉島ツアー 第一回 ~ニューへぐらに乗って舳倉島へ~

                             
今日の記事のカテゴリは? ⇒ 舳倉島内ツアー
12月3日 今日もニューへぐらは欠航です。今年は時化ばかりで、「私らみたいなおばばはいいけど、島の若いもんがかわいそうや。時化たらなぁ~んもやることない。」と島の方々が声をそろえておっしゃっていました。明日も時化は続きそうです。

舳倉島(へぐらじま)に来られたことのない方のために、舳倉島の名所を少しずつ紹介していけたらと思います。来られたことのある方には、懐かしいと思って頂けたらと思います。

舳倉島は、石川県能登半島輪島市の北方海上約50kmに位置し、島の形状は北東~南西方面に伸びた長卵形で、総面積103ha、標高約13m,周囲約5km(道路の全長は約3.3kmです)、1000~1700年前の火山活動によって火成岩で出来ている島です。

島に渡るには、「ニューへぐら」という定期船が、輪島市から一日一便一往復しています。片道1時間半の旅です。朝9時に輪島市を出発し、15時(11月~2月は14時)に舳倉島を出発します。当日の朝7時半に、船が運航するか欠航するかが決まります。風が10M以上、波が2M以上あれば欠航です。その他、注意報などを考慮して決めるそうです。「へぐら航路」(0768-22-4381)に聞くと教えてもらえます。

運賃は往復で4400円です。写真の上は片道切符で、下は島民割引の往復券です。通常は往復で購入するので、どちらの切符も、島に赴任した時に初めて見ました。
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定期船は昭和37年に始まり、現在5代目です。現在の「ニューへぐら」は平成9年に竣工しています。旅客定員は119名、最高速力は22ノット、航海速力は18ノットだそうです。1ノットは、1時間に1海里(1852M=緯度1分の長さ)進む速度をいうので、大体33km/hrの速度です。
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初めて見た時には、意外に大きくて驚きました。10月から赴任しているので、満員になった船を見たことはないですが、5月のGWにはニューへぐらに乗り切れなくて、漁船も出ると聞いたことがあります。

凪の日でも船は左右に上下に揺れます。なので、船に慣れていない方は酔ってしまいます。そういう方は、酔い止めを飲んで、船底で横になって寝てしまうのが一番です。僕は外の景色を見ている方が好きなので、座席に座りますが。

酔ってしまった方は、船が島の港に着いた時に青い顔で降りてこられるので、すぐに分かります。外の風に当たって休んでいれば治りますが、辛ければいつでも診療所へどうぞ。
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2007.12.03 Mon l Edit(管理人のみ) l この記事を印刷 l 舳倉島内ツアー l この記事にコメントする(2) TB(0) l top ▲

舳倉島ツアー 第二回 ~舳倉港から公園へ~

                             
今日の記事のカテゴリは? ⇒ 舳倉島内ツアー
12月7日 今日は風が弱く、午前中の天気は上々でした。ただ、今日も欠航だったので、波は高かったのでしょうか。

島の中は、先日降った雨と、今日の天気が重なって、至る所に小さい虫が大発生していました。歩いていると白い服が黒くならんばかりに、服に付いてきました。

前回に引き続いて、舳倉ツアー第二回です。
舳倉港に降り立つと、先ずこの看板が目に入ります。「一、無事故 二、保険 三、大量旗」
何よりも家に無事に帰ってきて欲しいという島民の願いが込められています。
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少し歩いていくと、島の案内図が見られます。同じような看板は道沿いにいくつか立ってあるので、島散策の参考にして下さい。
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ちなみに島にはパンフレット類を置いていません。舳倉島のパンフレットが欲しい方は、輪島港の「へぐら航路」の建物内にたくさん置いてあるので、ニューへぐらに乗る前に忘れずにもらって下さい。

後ろを振り返ると、公園が広がっています。不幸にも船酔いした方は、ここで休まれるとよいでしょう。渡り鳥のシーズン中には、ここにも多くの鳥たちが集まります。ツグミが多いですが、僕がツメナガホオジロを見たのもここでした。
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最後に、今日見た鳥はヒガラ、メジロ、ツグミ、キクイタダキ、ミソサザイ、トビでした。


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2007.12.07 Fri l Edit(管理人のみ) l この記事を印刷 l 舳倉島内ツアー l この記事にコメントする(0) TB(0) l top ▲

舳倉島ツアー 第三回 ~島の中央部へ 学校・駐在所~

                             
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12月8日 昨日に引き続いて、舳倉島ツアー第三回をお送りします。

公園でしばらく海風を受けて休んだ後、とりあえず、島の中央部にある鳥観察所へ向かうことにしました。坂を上っていくと、学校が目に入りました。分校については過去の記事をどうぞ。クリックで拡大します。
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正式名称は「輪島市立鳳至(ふげ)小学校・上野台中学校舳倉島分校」です。校門の左側には「小学校」、右側には「中学校」の名称が書かれてあります。2005年度から休校になり、夏季だけの開校となったのですが、今年は休校のままでした。そのため、グランドに草が生え放題となってしまっています。

さらに坂を上がって行くと、「舳倉島駐在所」が見えてきました。こちらも今は誰もいません。GWなど、人の多い時期のみ来られるのでしょうか。ちょっと分かりません。
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駐在所の向こうには灯台(右)と愛ランドタワー(左)が見えます。

鳥観察所に行く手前で、下の看板を見つけてしまったため、寄り道してみましょう。利用可能時間は9時半~16時半で、誰でも入れます。
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次回は「へぐら愛ランドタワー」の予定です。


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2007.12.08 Sat l Edit(管理人のみ) l この記事を印刷 l 舳倉島内ツアー l この記事にコメントする(0) TB(0) l top ▲

舳倉島ツアー 第四回 ~へぐら愛ランドタワーへ上ってみよう~

                             
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12月9日 今日は波が高く欠航でしたが、明日は凪になっていくようです。明日無事に船が出れば、妻とひ~ちゃんが2週間ぶりに島に帰って来ます。凪ならばいいのですが、冬の天気はコロコロ変わっていくので、僕にできることは祈るのみです。

今日は月一回発行している「診療所便り」を島民に配ってきました。とは言っても、多くの方はすでに本土に帰っているので、配った部数は少ないですが。それでも、ちゃっかりと魚(ブリ)を頂いて帰ってきました。島で食べる刺身は本当に美味しいです。

配るついでに島一周してきましたが、風も強く鳥の声はあまり聞こえませんでした。見られたのは、ジョウビタキ、トビ、ハクセキレイ、ウミネコ、カモメくらいでした。実はハクセキレイは島に来て最初に見た鳥でした。飛んでいる時の白黒模様がとても綺麗なので、お気に入りの鳥たちの一つです。

さて、今日は「へぐら愛ランドタワー」に上ってみましょう。9時半~16時半までなら誰でも入れます。それ以外の時間は自動的に鍵が閉まるようになっています。
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中はこんな感じになっています。
   1階・・・インフォメーション(と言っても誰かいるわけではなく看板があるだけです)
   2階・・・輪島の四季
   3階・・・輪島の名所・伝統芸能
   4階・・・舳倉島・七ツ島 風景
   5階・・・舳倉島の渡り鳥
各階には、それぞれのテーマに応じた写真が説明付きで飾られてあります。階段しかないので、上るのはしんどいですが、それに見合うだけの価値はあると思いますよ。

最上階の5階からは外に出られます。外は風が強いので、帽子などを飛ばされないように注意して下さい。そこからの風景はこんな感じです。先ずは、舳倉港から島の南西部にかけてです。右の方に写っている2階建ての建物内に診療所があります。クリックで拡大します。
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続いては島の北側です。こちらには民家はなく、草原が広がっています。竜神池(写真中央)、ヘリポート(写真右)も見えます。草原の向こう側には日本海の大海原。はるか彼方に北朝鮮も...見えません。
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最後に島の北東部です。真ん中に見えるのは、島で最も高い灯台です。
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ここからだと、灯台も上から下まできれいに写すことができます。(SIGMA 18-200mm 3.5-6.3)
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灯台のてっぺんには、方角を東西南北と漢字で書いてあります。
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次回の舳倉島ツアーは鳥観察所デビューの予定。


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2007.12.09 Sun l Edit(管理人のみ) l この記事を印刷 l 舳倉島内ツアー l この記事にコメントする(0) TB(0) l top ▲

舳倉島ツアー 第五回 ~鳥観察所デビュー~

                             
今日の記事のカテゴリは? ⇒ 舳倉島内ツアー
12月15日 今日も船は来ないと思っていましたが、突っ返しでやって来ました。病院からの荷物が届き、頼んであったガスも到着しました。土曜日というのに、船に荷物を乗せて下さった方々に感謝です。

ひ~ちゃんが島に帰って来たのが嬉しくて、ひ~ちゃんの話題ばかりでしたが、久しぶりに舳倉島ツアーに戻ってみましょう。

愛ランドタワーからの島の景色を堪能した後、鳥観察所へ行ってみましょう。診療所の建物のすぐ横に鳥観察所はあります。
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この建物の中から鳥をたくさん見ることができます。屋根付きなので、突然の雨も凌げます。中にはベンチも備え付けてあり、歩き回って疲れて休むのにも最適です。座って休んでいるだけでも、小鳥のさえずりがそよ風に乗って聞こえてくるので、それだけでも癒されます。ただ、今の冬の時期はそよ風というより暴風なので、小鳥のさえずりはかき消されてしまいますが...。ちなみに今日はウグイスにハクセキレイがいました。

小屋の右側に小窓が見えるでしょうか。こちらからも鳥を見ることができ、僕のお気に入りの場所です。ただ、こちらの小窓では座ることができないのが難点ですね。小窓の奥には人工の水溜まりと石が置かれてあり、そこに小鳥が水浴びしにやって来ます。暑い日の日中は特に多いですね。入れ替わり立ち代り小鳥がやって来る感じです。この水は診療所の裏の蛇口からホースがつながっていて、誰でも水を足すことができます。ただし、止めるのを忘れないで下さいね。
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すぐ近くには公衆トイレもあります。和式しかないですが、水洗です。ここは島の方々が交代で掃除して下さっているので、いつも清潔です。
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2007.12.15 Sat l Edit(管理人のみ) l この記事を印刷 l 舳倉島内ツアー l この記事にコメントする(0) TB(0) l top ▲

舳倉島ツアー 第六回 ~奥津比(おくつひめ)神社へ~

                             
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1月22日 今日は久しぶりに島内ツアーに戻ってみましょう。過去の舳倉ツアーはこちらからどうぞ。

舳倉島には八つの神社があります。その総本社は奥津比(おくつひめ)神社で、田心姫命(たごりひめのみこと)を祀り延喜式(えんぎしき:平安時代の儀式や制度の律令を記した法典)内の古社として知られています。

ここで、舳倉島の歴史について触れてみましょう。

昔から舳倉島と関係が深い地として、九州が挙げられます。中世末(1560年頃)頃から、九州の筑前鐘ヶ崎(福岡県)の海士が毎年正月~2月頃に能登へ鮑漁に来て、年の暮れに帰国するという生活をしていました。そのうち近世初期(1620年頃)になって、海士又兵衛らが移住してきました。アワビ漁を得意とするこの民たちは、加賀藩に保護され、輪島崎町と鳳至町の間を拝領し、海士町となったのです。

海士町は島の漁業権をめぐって名舟(なぶね:舳倉島・七つ島を領有していた)村と度々争いながらも、明治34年(1901年)に海士町町民から200円、輪島町から110円、計310円で、名舟村が属していた南志見(なじみ)村から島の権利を買い取ったのです。

こうした九州との繋がりを見ると、奥津比(おくつひめ)神社が浮かび上がってきます。北九州と朝鮮半島を結ぶ航路、玄界灘の守護神として有名な、筑前の宗像(むねかた)三女神、
  沖島の沖津宮(おきつみや)―――――――――――田心姫神(たごりひめ)
  大島の中津宮(なかつみや)―――――――――――湍津姫神(たぎつひめ)
  宗像大社の辺津宮(へつみや)(福岡県宗像市)――市杵島姫神(いちきしまひめ)
の配置に極めてよく似ています。
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地図を見ても、舳倉島・七つ島・輪島の関係に酷似していますね。延喜式には七つ島の神社は記されていませんが、舳倉島の奥津比神社、輪島の重蔵(へくら:辺津比)が記されています。ここにもヘクラ三女神が祀られていたのかもしれません。しかし、航路の不安定さなどから、大社には発展しなかったようです。かつての重蔵(へくら)神社も、音読みの「じゅうぞう」神社と呼ばれるようになりました。

そんな奥津比神社は、江戸時代の初期に、島内伊勢神社の地(島の北東部)から現在地(島の南西部)に遷座されたと言われています。丁度、海士又兵衛らが輪島に定住し始めた頃と一致しますね。かつての地元宗像の方角に向けたかったのでしょうか。
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毎年8月に行われる大祭は舳倉島でも行っていました。しかし、神輿の担ぎ手不足のため、昭和43年から本土の輪島で行われるようになりました。そのため、昭和50年に輪島に奥津比神社の里宮が建設されました。

奥津比(おくつひめ)神社の他には、アタリが管理する七社(小宮)があります。アタリというのは、班組織のことで小宮を班組織で管理しているということです。他の宮に関しては別の機会に紹介したいと思います。


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2008.01.22 Tue l Edit(管理人のみ) l この記事を印刷 l 舳倉島内ツアー l この記事にコメントする(2) TB(0) l top ▲

舳倉島ツアー 第七回 ~遺跡に想う~

                             
今日の記事のカテゴリは? ⇒ 舳倉島内ツアー
1月24日 天気予報の通り、今日は未明から大風でした。あまりの風の強さと雪に外へは一歩も出られないほど。雪は横殴りというよりも下から上に向かって吹いていました。

体感温度=気温ー(4×√風速)らしいので、冬の舳倉島では常に体感温度マイナスですね。

奥津比神社から島の北側に回ると原っぱが目に飛び込んできます。ここはシラスナ遺跡と呼ばれる遺跡です。
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シラスナ遺跡は、8世紀ごろの奈良時代、平安時代の遺跡が出土し、奈良時代の 貝塚も残っているようです。アシカや牛の骨も大量に出土しています。アシカの骨が出土するのは、 ここで昔明治初年までアシカ猟が行われていたからのようです。大量に出土した牛の骨ですが、畜神を祓う殺牛祭神儀式が奈良時代の舳倉島で行われていたことを示唆しているとも言われています。
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シラスナ遺跡の他にも舳倉島からは、これまでに深湾洞(ふかわんどう)遺跡、名舟屋敷(なぶねやしき)遺跡の計3つの遺跡が発掘されているそうです。

深湾洞遺跡は、舳倉島で最も古い遺跡で、弥生時代前期の遺跡です。大量のナイフや槍状の石器が出土しています。 場所は金毘羅神社~八坂神社にかけての辺りです。

名舟屋敷遺跡では、鎌倉時代の珠洲焼が出土しています。詳しい場所は分からないのですが、舳倉島が海士町に所属する前は、名舟村所属であったため、その名残でしょうか。

こうして島の歴史を考えながら散歩するのもいいものですね。


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2008.01.24 Thu l Edit(管理人のみ) l この記事を印刷 l 舳倉島内ツアー l この記事にコメントする(3) TB(0) l top ▲

舳倉島ツアー 第八回 ~謎の建築物~

                             
今日の記事のカテゴリは? ⇒ 舳倉島内ツアー
2月3日。今日の波は予報では1.5Mでしたが、風が強く船は欠航でした。診療も休みのため、ひ~ちゃんを連れて散歩に行くことに。いつもと違うルートを通ってみようと思い、学校と益谷秀次像との間の山道に初めて入ってみました。

茂みの中には、使われていない建物(何の目的で建てられているのか分かりません)や廃屋などを発見しました。島の中にはまだまだ謎が隠されていそうです。

その中にこんな建築物がありました。
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以前から何の建物か分からなかったのですが、ようやく判明しました。「無線方位信号所」だそうです。

無線方位信号所は、灯台に併設されていて、特定の無線電波を発して付近の船舶に方位や位置を伝え、その航行を補助するものです。使用する周波数帯により、中波無線標識(中距離・近距離用)を用いる中波標識局と、マイクロ波無線標識(近距離用)であるレーマークビーコンまたはレーダービーコンを用いるマイクロ波標識局とに分かれます。

舳倉島のものは中波標識局で、以前は灯台からの気象情報と共に活用されていましたが、灯台守が舳倉島に常駐しなくなった現在では、運用が廃止されているようです。

島の中にはまだまだ知らないことがたくさんありそうです。
「へぐらはいいとこ、一度はおいでぇ~」
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2008.02.03 Sun l Edit(管理人のみ) l この記事を印刷 l 舳倉島内ツアー l この記事にコメントする(2) TB(0) l top ▲

舳倉島ツアー 第九回 ~竜神池と観音堂~

                             
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2月4日。今日は凪で新しい島民の方も来られていました。

今日は島ツアーの続きです。

総本社である奥津比神社以外の残りの七つの小宮は、4つのタイプに分けられます。
 ○漁業繁栄を祈ったもの(竜神様・恵比須社・弁天社)
 ○航海と海上安全を祈ったもの(金比羅社)
 ○病魔退散と鎮圧の神として(祇園社・大和田社)
 ○お伊勢さん信仰として(伊勢神社のヤシロ様)

その中で、今日は竜神池とその横にある観音堂に行ってみましょう。
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『藩政末期に一旭上人(いっきょくしょうにん)という僧が島にやって来て毎晩観音堂に島民を集めて説教をしていた。ところが、いつも末座に若い女がじっと聞き入っているので、ある晩上人がたずねると、女は「私はこの池に棲む竜なのです。難破船の錨の毒にあたって死んだのですが、未だに成仏できずにいます。どうか助けて下さい。」と涙を流して頼むのだった。
 そこで、翌朝島民が池の水をくみ上げたところ池の底から大小二体の骨が見つかった。骨は樽四杯分にもなった。この母子の竜骨は、法蔵寺分院に葬られた。人々は父親の竜が現在も近くの海に生息していると考え神と祭って無他神社(むたじんじゃ)とした。
 この竜神池は周囲約180mあり、底が竜宮城に通じていて決して水が枯れることは無いと言われている。』
―島内案内図より―

竜神様は、生きた龍を奉っているため他に例がないという意味で「無他(むた)神社」という名がついたようです。

また、島の至る所には四国八十八ヶ所を模した祠が30ヶ所以上あるようなので、その関連で観音堂があるのでしょう。もちろん神社ではありませんので、鳥居はありません。
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次回はその他の神社をお参りしようと思います。


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2008.02.04 Mon l Edit(管理人のみ) l この記事を印刷 l 舳倉島内ツアー l この記事にコメントする(3) TB(0) l top ▲

舳倉島ツアー 第10回 ~恵比寿神社と弁財天社~

                             
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2月9日。舳倉島ツアーも今回で10回目です。何回まで続くかは未定ですが、思いつくままに島の魅力などを紹介していきたいと思います。

今日は、奥津比神社以外の残りの七つの小宮のうち、漁業繁栄を祈った恵比寿神社と弁財天社です。

恵比寿神社は島の北東の端に位置します。先月20日に行われた恵比寿祭りのあった場所です。島の地図についてはこちらを参考に。
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そのすぐ傍にはケルンと呼ばれる石積みが多く見られます。島内には70あまりのケルンがあり、石を積むことが竜神様の供養となってエゴ草がたくさん採れるようになる言い伝えられています。また、江戸時代に起きた海難事故のあと、低い島を少しでも高く見せて海上からの標識になるように積み上げたとも言われています。アワビ採取の潜水場所を覚える「山だめ」としても利用されています。
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こうして、沖に出る島民を見守っていたのでしょう。冬の強い海風にも崩れることなく。

続いて弁財天社です。これは湾内にあり、もともとは独立した島だったそうです。
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この二つの神社に共通することは...そう、七福神ですね。島での福と言えば、アワビや魚です。島民の大漁に対する期待が込められているのです。


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2008.02.09 Sat l Edit(管理人のみ) l この記事を印刷 l 舳倉島内ツアー l この記事にコメントする(2) TB(0) l top ▲

舳倉島ツアー 第11回 ~伊勢神社~

                             
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2月18日。今日は1週間ぶりに船がやって来ました。波の高さは2.5Mのち1.5Mだったので、かなり揺れたことでしょう。島から沖を見ると、白波も大分立っていました。

1週間分の新聞と、病院からの荷物や届け物が大量に届きました。

今日は伊勢神社をお参りしてみましょう。
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伊勢神社は、「やしろ様」とも呼ばれる神社で、島に鎮座する七つの小宮の一つです。昔はここに奥津比神社(おくつひめじんじゃ)があり、島全体の総氏神であったと言われています。

やがて、奥津奥津比神社が島の南西に移転してからは、この社が伊勢信仰の中心となり、8月の例大祭が海士町で行われるようになるまでは、神輿の御仮屋としてにぎわっていました。

 境内の右手に自生する「タブ」の木は、舳倉島で唯一の大木で、神の依代として昔から島民の尊崇を受けてきました。

 輪島市指定天然記念物 やしろ様のタブの木
  昭和58年6月27日指定 全長:約12.6m/根周り:約4.8m/推定樹齢:約300年


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2008.02.18 Mon l Edit(管理人のみ) l この記事を印刷 l 舳倉島内ツアー l この記事にコメントする(2) TB(0) l top ▲

舳倉島ツアー 第12回 ~金比羅神社と八坂神社~

                             
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2月21日。今日は天気がよく風も少なかったため、ひ~ちゃんを連れて散歩に出かけました。いつもは耳まで隠れる毛糸の帽子をかぶっているのですが、今日は帽子いらずの天気でした。


今日は島の北側にある金比羅神社を回ってみましょう。金比羅神社は、島にある七つの小宮の一つで、航海安全を祈った島民のよりどころです。
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その南西には八坂神社があります。こちらは防疫神として心身の健康を祈願するよりどころです。
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これらの二つの神社の間には「深湾洞遺跡」が存在しているそうなのですが、ただの海岸線にしか見えません。この写真は金比羅神社から撮ったもので、写真の右端には、小さいですが八坂神社が見えています。
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今日散歩の途中で見た鳥は、ジョウビタキ、ハクセキレイ、ツグミ、ウミウでした。カメラも持ち歩いていたのですが、ベニヒワは飛んでいってしまったのか、見つかりませんでした。


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2008.02.21 Thu l Edit(管理人のみ) l この記事を印刷 l 舳倉島内ツアー l この記事にコメントする(0) TB(0) l top ▲

舳倉島ツアー 第13回 ~大和田神社~

                             
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2月26日。船が来たのは昨日一日で終わり、また今日から欠航の日々が続きそうです。島の方によると、今年は雪も多く、ひどい荒れているそうです。

今日は神社巡りの最後、大和田神社です。

この神社は奥津比神社の境内にある神社で、病魔退散の神を祀っています。最初に奥津比神社にお参りに来た時は、これも神社だとは気付かずに素通りしてしまいました。
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島にある八つの神社巡りも無事に終わったので、次回からはいろんな建物や銅像を紹介していこうと思います。


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2008.02.26 Tue l Edit(管理人のみ) l この記事を印刷 l 舳倉島内ツアー l この記事にコメントする(0) TB(0) l top ▲

舳倉島ツアー 第14回 ~遠く能登を見つめる~

                             
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2月28日。今日も風波ともに強く、いつも通り欠航でした。25日に来たのはかなり無理矢理だったのでしょう。その日は島民でさえ、欠航だと思っていたそうですから。欠航になっても特に放送があるわけではありません。突っ返しの時にはたまに放送があるみたいですが。

僕も船が来るかどうか怪しい時には、へぐら航路に電話して聞いています。ただ、ここ数日は電話をする必要がありません。朝起きて外を見たときに、診療所の前の木の揺れ具合で、船が来ないことを悟ります。

今日はへぐらツアーの続きです。学校と法蔵寺分院の間に、この銅像はあります。
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「益谷秀次(ますたにしゅうじ)」像です。視線は舳倉港に向かい、その奥の能登を見つめて立っています。

益谷秀次さんは明治21年1月17日に能登町宇出津で生まれました。
京都帝国大学仏法科を卒業、大正9年に衆議院議員に当選し、日本自由党の総務会長・建設大臣・国務大臣などを歴任し、昭和26年に吉田首相が渡米中の際は臨時内閣総理大臣代理に就き、その後は衆議院議長として3年以上務めました。

具体的に何をした人かと言うと、「のと鉄道」を作った人です。益谷さんは小学生の頃から「いつの日か能登に鉄道を引いてやる」という夢を持っていたそうです。

その夢を忘れず、努力し続けた結果、昭和10年(1935年)7月30日、ついに鉄道が輪島まで全線開通されたのです。鉄道の開通によって、金沢まで10時間かかっていたのが4時間に短縮され、多くの方が鉄道を利用しました。出征兵士や満蒙開拓団、青少年義勇軍らが新しく出来た輪島駅をあとにしたといいます。

今もあるかどうかは分かりませんが、輪島駅のホームの案内板には、「(次は)シベリア」のいたずら書きがあったそうです。現在の輪島駅は、「ふらっと訪夢(ほうむ)」という観光案内所になっています。

しかし、のと鉄道開通から65年経った平成13年(2001年)3月末、輪島・穴水間鉄道は、金沢まで2時間で走る特急バスに役割を譲って、歴史に幕を閉じました。

最後に、僕の好きな言葉を。
「努力した人が皆報われるわけではない。しかし、成功した人は皆努力している。」
僕も夢・初心を忘れることなく、精進したいと思います。


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2008.02.28 Thu l Edit(管理人のみ) l この記事を印刷 l 舳倉島内ツアー l この記事にコメントする(2) TB(0) l top ▲

舳倉島ツアー 第15回 ~島の民宿つかさ・つき~

                             
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3月5日。朝目覚めると、かなり雪が降っていましたが、朝日が昇ってくるとすぐに雪は融けてなくなりました。ニューへぐらもいつも通り来たかと思いきや、突っ返しで帰っていきました。天気もすぐに崩れ、今日見たのはメジロ、トビ、ハクセキレイくらいでした。

海の天気、特に冬は変わりやすいようです。今週末に結婚式に参列する予定なので、何とか離島できることを祈ります。

ここのところ船は毎日来ていますが、2月の運行状況をまとめてみました。
29日のうち来たのは12回でした。しかも後半の欠航はかなり多く、10日からの20日間ではたったの4回しか来ませんでした。

今日はツアーの続きで、島の民宿の紹介です。

昔の舳倉島には店が数軒あったそうなのですが、現在は一軒もありません。定期船のスピードが速くなり、片道3時間かかっていた船旅が1時間半に改善されたのです。そのため、島から出ることも簡単になり、品物も輪島に頼むようになりました。

店はなくなりましたが、釣り人やバードウォッチャー、観光客のために民宿が2軒あります。これも昔は3軒ほどあり、今とは違う方が経営していたそうです。

現在は「つかさ」「つき」の2軒があります。集落の東側にあるのが「つかさ」で、
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西側にあるのが「つき」です。
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親子で経営しているので、お客さんの数に応じて、採れた魚を分け合ったり、手伝いに行ったりもでき、かなり融通がききます。「つかさ」の前にはご主人お手製の小池があり、野鳥の集まるスポットとなっています。
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バードウォッチャーの話でも、「困ったら鳥観察所かつかさの前に行けばいい」とまで言われています。

どちらのご主人・女将さんにも、いつも大変お世話になっています。

ちなみに冬季の間は営業していません。民宿つきは昨年11月中旬から、民宿つかさは昨年11月下旬を最後に休業に入りました。営業再開は3月下旬頃からとなるようです。

つかさ:0768-22-8713
つき :0768-22-8745


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2008.03.05 Wed l Edit(管理人のみ) l この記事を印刷 l 舳倉島内ツアー l この記事にコメントする(0) TB(0) l top ▲

舳倉島ツアー 第16回 ~消防車・漁協~

                             
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3月18日。今日はかなり寒い風が吹いていましたが、ニューへぐらはいつも通り揺れながらやって来ました。その中には、工事関係者の方や、観光客の姿も見受けられました。これから徐々に島民も、観光客も増えていくことでしょう。

今日は舳倉島ツアーの続きです。

以前、島の唯一の車として診療所の救急車(バン)を紹介しましたが、島の中には他にも車がありました。それは、『舳倉島器具置場』という建物の中にあります。
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僕の背丈と同じくらいの車高の消防車です。バッテリーがあがらないように、たまに島内を走って点検されています。出動せずに終わることを祈ります。

その横には漁協があります。島民は魚やアワビを採ると、漁協に買い取ってもらいます。漁協にも常に職員が住んでおり、1週間ほどで交代するようです。
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中には生簀(いけす)もあり、活魚としても出荷できます。昨年の11月のお食い初めで頂いた鯛も、数日間時化が続きそうだったため、時化る前にここで生かしてもらっていました。


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2008.03.18 Tue l Edit(管理人のみ) l この記事を印刷 l 舳倉島内ツアー l この記事にコメントする(1) TB(0) l top ▲

舳倉島ツアー 第17回 ~製塩所・浄水場~

                             
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3月20日。春分の日です。朝から風が強く、船は欠航となりました。ここ最近では、野鳥も多くなり春の息吹を感じ始めていたのですが、また風の音がビュービュー唸っています。

舳倉島ツアーも残すこところ、あと少しです。

港から進んだ公園の脇に『海士町自治会 舳倉島製塩所』があります。
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6トンの海水を10日間かけて低温で蒸発させて作られる塩は海のミネラルをたっぷり含んでいます。時折三角形の結晶もできるようです。ここで作られた塩は民宿つかさで販売されています。粒が大きくて、普通の味塩とは比較にもなりません。
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2003年春、海水淡水化装置の完成により、島の慢性的な水不足が解消されました。正式名称は『舳倉島簡易水道浄水場』です。
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こちらの正式名称は分かりませんが、海岸線を埋め立て堤防を作るのに使っていた、コンクリートを作る機械です。役目を終えた今は稼動していません。
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2008.03.20 Thu l Edit(管理人のみ) l この記事を印刷 l 舳倉島内ツアー l この記事にコメントする(0) TB(0) l top ▲

舳倉島ツアー 第18回 ~NTT無線中継所・北陸電力舳倉発電所~

                             
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3月23日。もうすぐ春だというのに、また天気が崩れてきました。明日からはまた時化るようです。

皆さんの携帯はどの会社のどんな機種を使っていますか?選択枝が多くあり、迷うところでしょうが、島で使用できるのはDocomoだけです。NTT無線中継所があるので、Docomo(MovaもFOMAも)だけが使えるのです。
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歴代の診療所所長の先生方は皆、Docomoに機種変更してから島の勤務に臨んでいました。島でもほとんどの方が携帯を持っており、FOMAで輪島にいる孫たちとテレビ電話もしています。

Docomo以外は全くつながらないのかと言うと、実はそうでもありません。Softbankは島のどこに行ってもつながりませんでしたが、へぐら愛らんどタワーの5階展望台に出ると、auの電波が一本入っていました。携帯の向きで入ったり入らなかったりするので、偶然かもしれませんが、メールも受信できたようです。

基本的には、舳倉島ではDocomoしか通じないと思っていた方がいいでしょう。どの会社も共通の電波を使ってくれればいいのですが。

北陸電力舳倉発電所は港の西側に建っています。これは火力発電所で、舳倉島の電気を一手に担っています。発電所の管理人は島の中に二人いて、正月や大祭で島民がほとんどいなくなる時でも、必ず一人は島に残っているのだそうです。
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2008.03.23 Sun l Edit(管理人のみ) l この記事を印刷 l 舳倉島内ツアー l この記事にコメントする(2) TB(0) l top ▲

舳倉島ツアー 第19回 ~謎の建築物たち~

                             
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3月24日。今日は朝から雨が降っており、船も欠航でした。まだ明日も時化ているようです。外出できず、住居の中から外を眺めていると、ツバメが飛び回っていました。止まることなく、絶えず飛び回っていたので、いい写真はないですが。
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尾の付け根辺りが白かったです。
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今日はツアーの連載です。

舳倉島で標高が最も高い地点である『一等三角点』は、灯台敷地内の建物のすぐ東側にあります。コンクリート舗装された敷地の中にチョッピリ顔を出しているだけなので、注意して見なければ見逃してしまいそうです。
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傍に近寄ってよく見ると、確かに「三角」と書いてありました。その三角点のデータは、「標高:12.427M、緯度:37.50.55、経度:136.55.19」です。
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『気象庁津波地震検知網 舳倉島観測局』は、診療所の裏手にひっそりと建っています。
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地震の際には舳倉島の震度も出てきますが、こんな小さな装置で測っているのですね。
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愛らんどタワーの北側にあるこの建物は『舳倉島監視局』です。
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全国に27局あり、船のGPSデータを補正するのに用いられるようです。僕の出身である愛媛県では伊方町と今治市の二つあり、それぞれ豊後水道・瀬戸内海の船にデータを送るのです。
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2008.03.24 Mon l Edit(管理人のみ) l この記事を印刷 l 舳倉島内ツアー l この記事にコメントする(0) TB(0) l top ▲

舳倉島ツアー 第20回 ~舳倉診療所~

                             
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3月28日。長らく続いた舳倉島ツアーも今回で最終回です。そして、明日離島予定でしたが時化そうなため今日離島することになったので、僕のブログの記事も最後となります。最後に、僕の仕事場、診察室内を覗いて見ましょう。

舳倉島総合開発センター内の1階に診察室はあります。センター内には、診察室の他に保育所・集会室・トレーニングルーム・医師の住居があります。
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島では診察の際には白衣を着ません。なので、島を散歩していると観光客かと思われたこともしばしばありました。聴診器がなければ医者には見えません...。
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ここ一年で、患者さんの受診記録がパソコン化し、レントゲンの撮影機もフィルムレス化し、デジタルの波が押し寄せてきました。とは言っても、インテーネットはISDNなので、かなり通信スピードは遅いです。この診療所で出来ることは、採血・点滴・心電図・エコー・レントゲンなどです。このエコーの機械にも御世話になりました。
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ここで働くことができた半年間はとても有意義でした。楽しかったこと辛かったことなど、思い出はたくさんあり、ここでは語り尽くせないほどです。離島ならではの大変さはもちろんありましたが、初めての離島を満喫し充実した生活を送ることができたと感じています。

島にたった一人の医師として舳倉島に赴任しましたが、医師として未熟者の僕では充分な医療が提供できなかったのではないかと不安も残ります。しかし、島民と生活の場を同じくすることで、人生の先輩方から大切なことを学びました。

「医師は医師である前に一人の人間であり、患者さんも患者である前に一人の人間である」という至極当たり前のことなのですが、病院で働いているだけでは忘れがちな、しかし最も大切なことです。

『病気を治すのではなく、病人を治す』とは、よく言われるのですが、それを実体験できるのは舳倉島ならではのことでしょう。患者さんには各々のライフスタイルがあり、大切な家族があります。一人一人の患者さん・家族の思いを踏まえた上で、治療計画を考えていかなければいけません。

以前病院にいる間も、考えていたと思っていましたが、患者さんの実際の生活に触れ合ってみると、まだまだ考えが及ばず、考えていたつもりになっていたことを痛感しました。

良好な医師―患者関係を保つことは必要ですが、一人の人間として、人―人関係を築いていきたいなと思います。

この舳倉島診療所に勤務した半年間は、医師としても人間としても財産になりました。

半年間 本当にありがとうございました。支えて下さったみなさん、応援して下さったみなさん、全てに感謝です。


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2008.03.28 Fri l Edit(管理人のみ) l この記事を印刷 l 舳倉島内ツアー l この記事にコメントする(10) TB(0) l top ▲